Cut。

一つ一つ感想を書きたいのは山々なんだけど。

全然追い付きそうにないのでとりあえず読んだCutを中心に最近翔さんが色んな雑誌で割とおっしゃっている「夢でありたい―」ということについて。



何か初めてこれ聞いた時は色んなこと考えたんだけど。

一つはわたしが嵐に出会った3年前のあの瞬間から、少なくともわたしにとっては夢だったなぁと。そしてそれは今ももちろん現在進行形であることは強く思ったかな。

一日一日を過ごす中でもちろん嬉しいことも幸せなこともあるけれどもうまくいかないことや落ち込んだり壁にぶち当たることもあって(ここでは割と日常の些細なことという意味合いの方が大きいのかもしれないけど)そんな時に例えば帰宅して宿題見て爆笑したり癒されたりそれはもうわたしが嵐と出会った瞬間からのことだったと思うんだよね。

もちろん翔くんも他のメンバーもファンにとって自分達がそういう存在であることは解っていただろうしそうなればいいという思いはずっとあったと思うんだ。(これはわたしの勝手な推測ですが)

ただその思いの象徴みたいな空間が国立にはあったな、と。

だからこそ翔くんも改めて国立でそう感じたと話してくれたのかなぁと思う。


あの空間があって一つの自信に繋がったというか強い確信が持てた場所だったのではないかなぁと。

それと同時にテキストの中でも言っていたけど“覚悟”というものも改めて感じた場所だったのかなぁとも思う。

だからこそ今「夢でありたい」ということを遭えて口に出して言うことに凄く意味があるというか。

もちろん嵐ファンへ向けての言葉だとは思うんだけど、「夢でありたい」という「ありたい」という言葉にはこれからファンになるであろう人へも向けられた言葉なんじゃないかなぁと思う。

今世間的に言われている“国民的アイドル”という言葉はあまり好きではないので使いたくないんだけども、「夢でありたい」という言葉には所謂“国民的アイドル”になる覚悟とさえわたしは感じています。<とっくにあったとは思うけど。

行くところまで行くよ、というこちら側への提示というかメッセージでもあるのかなぁと。

一人そんな風に考えてました。

まぁ元は最初書いたようなそれぞれの癒しであったり幸せであったり一つの寄りどころであるというようなことだと思うんだけど。


うーん…なんか何言ってるかよくわからないね(爆)

でも少なくともわたしにとって嵐は時に癒しであり幸せであり一つの寄りどころであるそういう存在です。


で、写真ですが。

首に手を宛てて横向いてるやつと髪拭いてるやつが最高に好き><

あとやっぱり表紙もいいよね^^